心が熱くなったので、このことについて話そうと思います。

宗教に対して悪いイメージをもつ原因の一つ。「勧誘」

みなさんは「勧誘」と認識してますが、私たちからしたら、「伝道」なんです。

 

伝道・・・道を伝えること。人生の道、主の道、真実な愛の道、最高の人生の道を伝えること。

だとひかりは認識してます。

 

ではなぜ勧誘だといわれるのか?

なんで怪しいのか。ひかりも伝道される前は、宗教の人はなんで勧誘するんだろう?怪しすぎるでしょう。なんかノルマとかあるんかな?

宗教も勧誘も大嫌いでした。変な人たちって思ってました。

 

人々はこう思うのでは? 直接、聖書や宗教を紹介してくるけど私は興味ないし、困ってないし、別に自分とは関係ないし、必要としてない。自由にやって下さい。

また、こう思う。最初は何気ないことで声かけておいて、あとで聖書を出してくるんだろ。宗教に入らせようとしてるんだろ。

怪しいし、怖いんです。

なんで宗教が怖いのか、なんでいやなのか。その教えが間違ってるとか、教理に対して反対するとか、そういう明確な理由はないんです。でも、怖い。

なんで宗教が怖いのか。それは、日本にはあやしい宗教だったり、犯罪に手を出してきた宗教が多いし、変なものを買わされたり、悪いことをするように洗脳されたり、教祖が一番だと洗脳されたり、自分がおかしくなるんではないかと思うんです。弱い人につけ込むとか。

そして、宗教に入っている人、神様を信じる人は弱いと思っている。見えない存在を信じることは摩訶不思議だと思う。

あくまでひかりの持論ですが、だいたいこんなこと考えませんか?

ひかりの場合、いきなりは聖書を紹介されなかったんですが、正直、最初から宗教っぽいと思ってたし、友達にも、宗教のひとだと思うんだよね~とか話してました笑笑 あやしいな~と思ってました。

 

では、なぜひかりは御言葉をきくようになり、今摂理にいて、自分でも伝道するようになったのか???

 

神様がひかりの心を守って、聖書に対する抵抗感をなくしながら育てて導いて下さったことが一番大きいのですが、ひかりがどう考えて行なってきたかというと。。。

 

ひかりの偉いところ、

最後まで自分の目で見て体験して確認したんです。ひかりは口コミとか、芸能人の噂とかあんまり信じない方でした。化粧品とかも実際使ってみていいと思ったものを使う派。高校の頃も入学前にある友達について、あの子、性格わるいから気を付けた方がいいといわれたけど、そうなんだ~くらいで(そもそも性格悪いって何だろう?悪口言ってるあんたはどうなん?)、実際普通に接してみたら、結構いい人だったり。人の噂はあんまり信じない人でした。

だから、聖書も、結構いいものかもしれない。ちょっと聞いてみよう。とおもって聞き始めました。

うん。ひかりの性格、結構いいんです。自分で言うのもなんですが、人格的。

摂理は人格的な人ばかりターゲットにしてるとか素敵な大学生が摂理に勧誘されて入っていくとか言われた時もあったようですが、人格があるからこそ、良いものに出会って、ちゃんと見分けて学んでいけるから、だまされたというより、人格的なひとたちが選ぶ良い宗教だってことでは?と思います。

 

 

それと、ひかりは結構人を見る目があると思いますww

 

最初に摂理の人に出会ったときは、素敵な人だな。生き生きしている人だなと思いました。それで、実際に一緒に活動したりすると、この人たちはやっぱりなんか違う!!(いい意味で)と感じました。

この人たちは、ひかりの考えの上を行ってる。そんな話聞いたことない。そういう考えがあるんだ~。

すごい。こんな人、出会ったことない。

 

ひかりは摂理人に出会うまで、自分みたいにたくさん考えて生きてる人って同世代でいないなと。もちろん、楽しい話とか、笑い話とかは普通に楽しかったですよ。でも、自分の人生とか生き方とか、そういう話になるとそこまで考えていない人が多くて、話が合わないと思っていたんです。←超高慢ですみません。

こういうこともあってか、高校生くらいから、同い年で好きだと思う人がいなくて、あこがれの人は学校の先生。もう50とか60近い先生のことが好きでした笑笑

 

でも、摂理人にあったら、降参しました。この人たちはすごい。

 

少し話それましたが、それで最初から宗教っぽいと思っていたけど、聖霊様が心を守って下さり、

そして、いままであったことのない素敵な人たちだと思ったこと、この人たちは何か違うと感じたその感覚を信じて聖書を学ぶようになりました。

 

途中なにか変なこと言ってきたり、おかしいと思ったらすぐに逃げようと思っていましたが、一向にそんな時は来ず、まんまとはまっていくのでした笑笑

みんなよい人過ぎて、この人たちはよい人のふりしていつかは・・・とかも考えてましたが、みんな本当に良い人だった。

なんといっても、聖書の話、御言葉が、理にかなっていたし、面白いし、深いし、自分が今まで疑問に思っていたことに対するあまりにドンピシャな答えだったし、今まで感じることのなかった幸せを感じるようになり、今まで歌で感動することはそんなになかったけど、賛美はすごく感情をのせて歌って、涙が出る。自転車こいで帰る時も鼻歌うたったりして幸せ💓 なんだこの体験は。

時には、神様を信じることが難しかったりもしました。高校生の頃の読書感想文では、「神様はいないと思う」と書いたことあるくらいの無神論者。理系でもあるので、目に見えない世界は脳の錯覚だと思ってたし、自分の努力でここまで生きてきたと思っていたから神様に感謝するとか難しい。

でも、ある時、自分はアインシュタインの相対性理論も理解できないのに、どうして神様が存在するのか、霊と霊界が存在するのかどうかを自分の頭で考えて理解できるのか、神様の御言葉が間違っているといえるだろうか、と自分の考えは本当にちっぽけなんだと認めるようになり、神様にゆだねてみるようになりました。そして、御言葉をきくとなんだか満たされる、その感覚を信じて聞きつづけました。

そしたら、御言葉があまりにすごくて、みんなの人生の問題の答えだと思ったし、これは全員が聞くべきだとおもったし、みんな幸せになってほしいと思うようになりました。

この御言葉はみんな聞くべきだ!!!

聖書や宗教に対する偏見があまりにもったいないことをしてる!!!

この御言葉をみんなにも知ってほしい!!!

みんな幸せになってほしい!!!

 

という思いで、伝道を始めるようになりました。

ひかり、純粋だし、人が好きで慈悲深いです。(←自分で言っちゃう・・・)

高校の頃は、聖母のようといわれたことありました。(今となれば超恐縮すぎてそんなこと言わないで(;^ω^))

人をだましたりできるような性格じゃないんです。嘘もつけないし。人を傷つけることが怖い。

小学校か中学校の頃、ばあちゃんの友達がばあちゃんに悩みを話しているのをこっそりきいて、なんとかしてあげようと思って話に介入していったり。(今考えるとばあちゃんの友達としては、こっそり聞いてたことに驚きだし、とんだおせっかいですよね笑)

叔母さんが結婚するときは、叔母さんと家族がけんかになりそうだったから、叔母さんをなだめて仲裁したり。

 

ひかりはこんな性格です。

 

なので、このおせっかいな性格、人を助けたいという思いが強かったのもあり、御言葉を聞いたら、この御言葉こそ、最も人を助けられるものだと悟って、伝道したい!!!!と伝道するようになりました。

ひかりは人を助けたい!!!という思いで伝道するのですが、

でも伝道(みんながいう勧誘)される側としては、なんか裏があるのではないのか。あなたに助けらたいと思ってないから。とか。やめてほしい。迷惑行為。怖い。(ひかりもその気持ちはわかるんです。)

信じてないひとにとっては、すごく迷惑だし、ひかりの信念は、考えがすごく固くて柔軟性がなく、気が狂ったようにも見えますよね。変な人だと思いますよね。

 

だから、このジレンマがとてつもなく苦しかったです。

自分はよいことだと思って、その人にどうにか幸せになってほしくて・・・!!!

聖書を学んでほしい!!と思ってやるのですが、

その人にとっては迷惑だったり。

 

こういうことで、なぜ伝道(勧誘)するのか?

それは純粋に助けたいと思っているから。助けたいというと上から聞こえるかもしれません。親に、子どもに、大切な人に対して思うように、幸せになってほしい。という思いです。

その思いがつよいからこそ、どうやったら、もっとみんなが聖書に近づけるだろう??そう考えたときに直接聖書を紹介したら、拒否する人が多いから、最初は何気ないことで話しかけたりするんです。(ひかりの場合)

でもそれが、だまして勧誘するようにも見えたり。

 

助けたい!と思う分、伝わらない思いがもどかしかった・・・。

 

そして、ひかり自身、伝えることも下手だし、ちょっと変わった人でもあるので、怪しくも思われるだろうし。思いが強いけど、知恵もないし、話す技術とか人格とか、あまり作られてないから、もっと変。空回りって感じ。

どうやったらもっと自然に、うまく伝道できるのか考えてきました。

 

この文章を読んでいる人から見ても、ひかりはあまりに御言葉を絶対視しすぎてるのでは?と思う方もいらっしゃるのかなとも思います。この世に正しいことはないのではと、これがただしいとかはないと考える方もいらっしゃると思いまう。

しかし、御言葉が正しいのは絶対に正しいのです。神様も霊界もないといってもあるものはある。海の中の魚が、陸地はないといっても、実際この世界には陸地があるように、ないといってもあるものはあるのです。(神様信じてない人には、この言い方ちょっとうざいですかね。)

 

この話はおいといて、

とにかく、こういう感じで、ひかり御言葉に衝撃を受け、

これをみんなにも知ってほしい。と熱い思いを抱いて、伝道を始めるようになりました。

 

 

 

つづく・・・