年末年始で帰省して、友達と会ってきた。
小学校から中学校までずっと一緒に行動してきた5人組(笑)(笑)
みんな大好きだ💕
5人とも個性豊かでバラバラで、でも一緒にいて落ち着くし、楽しいし、面白い。
ほんと大切な友達。
その中に、ひとり超オタクの子がいる。
中学から?アニメ、声優にはまって、今も変わらず情熱的な子。
ふと思った。
声優、ジャニーズが大好きな子って、めっちゃエネルギッシュ🔥
うちの部長もジャニオタだが、とてつもなくエネルギッシュ🔥
ここで改めて思ったのは、人は何かを愛したい、その愛したいという強い思いがあって、
その思いを発散する分、力がもっと湧くし、もっともっと生活が喜びであふれるんだろうな。と。
でも、私たちは神様を知らないし、現実にはその愛を発揮する対象を見つけることが難しい。
この世界に生きていて、実際に誰か愛する人を見つけてみたり、
その中で満足している気がするけど、何かが満たされなくて、
または、愛する人を見つけたと思ったけど、裏切られて、傷ついて、、、
だから、仕事は裏切らないからと、仕事に夢中になったり、
アイドルやアニメなど完全と思われる存在を対象にして、自分の愛を発散したり。
でもやっぱり何か満たされないことには変わりがないと感じる。
ひかり自身がそうだったから。
でも、それは答えはないと思っていた。
人はこういうものなんだと、人生こんなものなんだと。
でも、実は答えがあった。
満たされる喜び。奪われない喜び。続く喜び。
人や物からくる喜びは、瞬間的だし、自分の気分次第ですぐ変わったり、何か悪いことがあるとさっきまでの喜びがすぐに消えてしまう。
神様からくる喜びは比べ物にならない。
摂理にきて思ったこと。
「私は、神様を信じるということを誤解していた。」
信仰とか、祈る人とか、クリスチャンとか、
まじめだな~、なんか清いな~、大変そうだな~、敬虔だな~、厳かだな~
と思っていた。
そうじゃなかった、、、
神様を信じること、愛すること、祈ることは実は人間にとって最高の「快」、「喜び」だったんだ!
神様を知るまでよりも遥かに多くのエンドルフィンが出ています(笑)(笑)
今まで、世の中の歌をきいたり歌ったりして、心から涙したり、感動することがあまりなかったけど、摂理に来て、賛美したら、もう涙が止まらない。感動感動( ;∀;)( ;∀;)
心の底から出てくる思いで歌うから、もう歌うことがすごく楽しい。
なんというか、吐き出すというか、あふれるというか、とにかくエンドルフィン爆発状態。
それを持っても、やはり自分には「霊」という存在があるのだと確信する。
いままで、満たされていなかった部分。
「霊」の思い。
神様を知ること、神様を愛すること、神様とつながること、
人はこれを一番求めている。
だから、何かを探している人、満たされない思いをあきらめようとしている人、こんなもんだと思って生きようとしている人に伝えたい。
その答えは神様を知ることにあること。
すがるとか、より頼むとか、そんなのではなく、
根本的に、人間の構造的に考えて、人は神様を愛さなければ満たされない。
ぜひとも、神様を愛したい自分の霊の渇きに気付いてほしい。そしてどうかその渇きが潤う日が来ますように。