前半でお話しした通り、勧誘ではなく、伝道です!という前置きをして・・・

 

さてさて、

「みんなにもこの御言葉をきいてほしい!!すごい!!」と思って、始めた伝道ですが、なかなか大変なことでした。

(伝道・・・主の道を伝えること。御言葉を伝えること。)

 

伝道する中で悟ったことはたくさんありますが、大きな悟りは、

・救いは人の力ではできないこと

・霊的なことについて、人の力で変えることはできないこと

・なにより、神様への愛なしには伝道できないこと

 

伝道まっしぐらになっていた時、自分は頑張っていると思っていたけど、主とともにせず、自分なりの方法で、自分一人でやろうとしていたのだなと後になって気づきました。自分でやろうとするから、なかなか実を結ばない。

たくさん祈って、切実に祈っていたけど、実際に自分の考えを空けられていなかったのだなと思います。自分の考えを空けるって、ほんと難しいです。自分の努力とかそういう問題ではないというか。努力では空けようとしても空けられない。自分の考えを空けるって、愛と信仰によってできるのかなと思います。

だから、よかれと思ってやっていたことが、周囲の人には多大な迷惑になったり、害になったり、心配させたりしました。

特に、家族を心配させてしまったことは本当に申し訳ないです。そして、学校では、ゼミの先生には大変お世話になりましたし、先生にも友達にも迷惑をかけました。自分の身勝手さゆえに心配、ご迷惑おかけして申し訳なかったです。

 

わたしがやっていたことは勧誘だったのかもしれません。そういわれてもしかたないです。

 

自分なりに頑張り、神様の御言葉を多くの人に知ってほしい!!と切実に思ってやっていたことだけど、神様から見たら、「あちゃちゃ~~~~」って感じだったことたくさんあるかもです。私のせいで、摂理に対して、先生に対して、宗教に対して、御言葉に対して、変な誤解を与えてしまったならば、神様、みなさん、ごめんなさい。

 

最初は、1年で10人の人には御言葉を紹介したい!!!という意気込みと、そのくらいできるでしょ!という安易な考えでいたひかりですが、そううまくはいきません。

 

でも、もしこの思いのまま、1年に10人が伝道されていたならば、自分はすごいと勘違いしたかもしれないし、高慢さが崩れるのはもっと先で、承認欲とか、様々なことに苦しんで生き続けるようになったと思います。

 

神様が私の足りなさを悟らせ、キリストによってのみ、神様の力によってのみ伝道できることを悟らせてくださり、そのほかのことも、様々な面で、神様の前に低く進み出るようにしてくださり、ひかりのいらないプライドをバキバキに折って下さったから、今も信仰を持ち、神様を愛し、その信仰の根はもっと深くなり、そして、もっと人生を楽しく、楽に、生きれるようにして下さったと、さまざまな失敗から悟るようになりました。

私を愛して、育てて、叱って、導いてくださった神様に心から感謝いたします。

自分が高慢だったことに気づき、自分の力では伝道できないことを悟り始めてからは、神様の導きで人と出会わせてくださり、自然に御言葉をききたいと思う人が出てくるようになりました。

 

 

そして、ひかりが伝道したいと思った動機は、どちらかというと、人のためにでしたが、(どちらかというとというか、ほとんど人のためという思いだったかも?)

人がかわいそうだからとか、その人に幸せになってほしいからとか、そういう思いが強かったですが、その思いだけではできない伝道です。

もちろん神様が与えてくださった心ではあると思うけれど、人は簡単に裏切るし、人を中心にしていたら、途中でやめたくなる、あきらめたくなるしかないことがたくさんでてきました。

さらに社会に出てからは、いろんな人と接する中で、人に幸せになってほしいという思いが冷めていくこともありました。

 

そんななかで、ひかりが伝道することをやめないのはたったひとつのこの思いがあるから。

 

 

 

「神様が願っていらっしゃることだから。」

 

神様のことを愛しているから。自分はその人を愛せなくても、神様がその人を愛して御言葉を伝えたいと思われているから、その神様の心情を受けるから、自分にも愛する心が出てくるし、御言葉を伝えることはやめることができません。

神様が切にあなたを愛しているから、神様が「私の愛を伝えてほしい」と願っていらっしゃるから。私たちは神様のものです。人のもの、自分のものではない、神様のもの。あまりに尊い存在です。

愛が冷めてしまったこの地を神様のものに取り戻したい。この地を天国にしたい。

神様の愛を知って、神様を愛して生きる人たちがこの地上に満たされるならば、どれほど幸せな世界になるだろうか。争いなく、平和な世界になることを願います。

小さいころから、どうやったら世界が平和になるだろうか?どうしたら、仲良くなれるだろうか?政治によって変えることができるだろうか?色々と疑問を持っていましたが、自分の力ではどうしようもできないとあきらめていたひかり。

御言葉に出会い、この御言葉が世界の問題を解決すると衝撃を受けました。

世界平和は神様の中にある。神様によって、御言葉によって、神の愛によって、平和がなされる。武器でも、政治でもできない。この御言葉で一人一人が変化してくなら、絶対に世界は変わる。

 

御言葉を伝えるというのは、ただ直接その人に会って伝えることだけを意味するのではなく、祈ること、会話すること、教会の活動に参加すること、いろいろあると思います。

 

ひかりは、神様、キリストによってのみ伝道できることを悟ってからは、お祈りを重点的にするようになりました。

神様しか、聖霊様しか、人の心を動かし根本的に変化させることはできません。

だから、ひかりは祈ります。

そして、神様の願うことをこの地で行なっていきます。

自分の力で世界は変わらないとあきらめて何もしないより、神様に求めて、少しでも祈ることが大きい。微弱ですが、少しでも神様の力になりたい。

神様、あなたの御心がこの地に成されますように。その御心のために、ひかりがやるべきことをできますように。どうか私を用いてください。そのために、自分をもっと素敵に作っていきます。