進路について考えていると、
本当の自分とは?
と考えるようになりました。

今まで私はどのように生きてきたのか?
何が好きだったのか?
何が楽しかったのか?

何に熱中してきたのか?
そして、今楽しいことは何なのか?

と考えるようになりました。

しかし、自分が好きなことや楽しいことが何だったかよく分からない。
今も、摂理に来る前よりは楽しいし、心が楽だけれど、本当に心から楽しいと感じていない気がしてきました。

そして、幼少期に遡って、本当に私が嬉しい、楽しいと思っていたのは何だったかを深く考えました。

色々と考えた結果、私は結局、人が笑ってくれたり、人から好かれること、人のことが好きだったのだなと気づくようになりました。

でも今は、人に心を開けないし、どこかでまだ人が怖いと感じていることがありました。
確かに、摂理に来てミコトバを聞いて、人間が最も貴重で価値がある存在であることを知り、自分も他人のことも好きになったと思っていたけれど、自分が人に壁を作っている感じがすること、よく考えると人間を心からは、好きだと思っていないと感じるようになりました。

実は、
私は摂理に来る前は、人が嫌いだったし、むしろ無関心でした。

では、
私はいつから人が嫌いになったのか?
ミコトバを聞いて神様の愛を知ったけど、どうしてまだ人が怖いのか?

すると、ふと幼少期の辛かったことや悲しかったことを思い出すようになりました。

そうしたら、自分は今まで本当の自分の気持ちに嘘をつきながら生きていたことに気づくようになりました。

幼稚園、小学校の頃、
人から嫌われるのが嫌で人に合わせて自分を作ってきたこと、自分の能力を抑えて来たこと。

中学校では、
人に合わせて生きるのに疲れ切って、無になれば悲しいことも辛いことも感じなくて楽だと思い、ひたすら自分の感情を押し殺しながら、無になるように生きて来たこと。

高校でも、
そのように生きたからか、不思議と高校の記憶があまりないことに気づきました。確かに楽しいことはあったし、笑ったこともたくさんあったけど、心から楽しかったとは言えないです。
みんなから見ると、いつも笑顔で優しくて寛容な印象だったそうですが、私の心は凍っていたと思います。人から親しまれることは多かったけれど、本心で話せる友達がいませんでした。

そうして、大学生になって、
摂理に来て、神様の愛を知って、だんだんと心が満たされて、楽しいと思ったり悲しいと涙を流せるようになってきました。
今まで、窮屈に生きて来たことが認識できるようになりました。
そうして、本当の自分で、ありのままで生きたい!と思うようになりました。

そして、過去を振り返った今、もうこれからは人の作った理想の型通りには生きたくない!
良い子として無理して生きてきた自分を捨てたい!
自分らしく、本当の自分、ありのままに生きたい!!と思うようになりました(^^)

しかし、まだありのままで生きれていないし、心を開いていない原因は何なのか??

それは神様の愛を完全に受け入れられていないことにあると気づくようになりました。
愛の認識が少しズレていること。
だから、神様の愛を正しく認識して、神様の愛を受け入れた時に、私は変われると思いました。

私は今まで生きる中で、ありのままの自分では愛されないと思って生きてきました。
だから、自分を無理して相手に合わせて作る、または自分の感情を無にして痛みを感じないようにする。
それが、その時自分が生きるためにできる最善の自己防衛の方法でした。

生きていて、辛いことはたくさんありましたが、私は家庭環境も友人関係も、それほど悪いわけではなく、むしろとても恵まれていたと思います。でも、どうしてこんなに本当の自分を隠して来たのか、
それは、人から来る愛を求めすぎていたからだと思います。

人間の愛と神様の愛の違いはなんでしょうか…?

人間の愛は相対的だと思います。
容姿が良いから、勉強ができるから、スポーツができるから、性格が良いから。。。
何か条件がついてこそ愛する愛。
気にいるから愛する。
誰かよりも優れているから愛する。
何かしら、自分への利益が伴ってるから愛する。

神様の愛は絶対的な愛。
その人がどんな人であれ、基本的に、ものすごく愛してくださってる。
誰かと比べるのではなく、一対一で愛してくださってる。
何かができなくても、いくら足りないところがあっても、どんな人でも、貧しくても豊かでも、幼くても年老いても。いつもどんな時もどんな人も、その人の存在自体を愛していらっしゃる。
たとえ、神様を信じてなくても信じていても。

 

このような神様の愛を受け入れた時に、ありのままで生きることができるのではないでしょうか?

自分を無条件、変わらずにずっと愛してくれている存在がいる。

自分がよくできなかったらからといって、離れたりしない。

自分のことを全て理解して受け入れてくれる。

悲しい時も嬉しい時も一緒に泣いて笑ってくれる。

そういう愛に出会った時に、人は変わることができるのではないでしょうか?

 

神様は変わらず愛してくださっているから、
無理して自分に嘘をついて、自分の気持ちを無くさなくていい。

そう思うようになりました。

 

 

そして、このように本当の自分が分からなくなって生きている人は、世の中にたくさんいるのではないかと感じるようになりました。

どうでもいいやと諦めている人たち。

人が嫌いになったり、恐怖感を抱いている人たち。

自分には価値がないと思って生きている人たち。

他人を馬鹿にする人たち。

みんな色んな悩みを抱えて生きていますが、根本の原因は結局、ありのままの自分が否定されたこと、神様の愛を知らないことに原因があるのではないかと思うようになりました。

 

 

ありのままのあなた自体が何にも代えることのできない価値があると伝えたいです。

 

 

つづく・・・