新年あけましておめでとうございます!!🎍

かずこです😃

久々の投稿、、結構前からこういうことをテーマに書こうか、どうしようかと悩んではいたのですが、

私の特性、そして社会人になった経緯を書いてみようと思います。

昨年度は、摂理ライフ3年目。これまであまりパッとしない地味な走り方ばかりしていたので、

「初めの3年が大事」だと言われるように、最後の一年はせめてしっかり頑張ろう!!という思いで

前半ダ―――――――っと自分なりに走ってきました。が、

10月になってぽっきり心が折れたというか、頑張れなくなってしまいました。

その理由は、ただ自分が目で見える形で行うことばかり考えていて、

自分の行動の背景にある「考え」には目を伏せていたんですよね。

ということで、これからはこのブログは

①私自身が自分の考えを客観視するため

②(変化することで忘れそうになる)過去を忘れないため。

この二本柱で書いていきたいです。そうするこで、自分自身に向き合う時間をちゃんともっていきたいです。

自分が悩んだ時に摂理の人のブログを探りまくって、読むことが多いのですが、、

私が読むブログは、赤裸々にここまでかというほど書いてらっしゃる方の文章が多いです。摂理の兄弟姉妹の赤裸々なブログを読んで、倒れそうな自分が「自分だけではないんだな」と思い、救われることも多々あります。

ということで、自分の拙い文章も、どなたかの助けになればいいなあと思います。

では、本題、、

私が摂理ライフを生きるなかで、これは本当に声を大にして言いたいことが一つ

「摂理に出会わなければ 私は社会人になれなかった 」

神様を段階的に信じるようにはなっていきましたが、ガク~ン~↑↑と信仰の次元をあげられた経緯はやはりこれですね。

就職  みなが解決すべきこの難問。

さまざまな過程を経て、私も無事就職できるようになったわけですが、自分としては「神様」が助けてくださたっとしか思えないです。今、同じ職場に二年いますが、行けば行くほど神様の計画を感じるしかありません。(ただし、1年契約!!来年度はどうなるんでしょ~~~!!(;゚Д゚))

さて、私の就職の経緯ですが、、

私は大学院を出て就職したのですが、はっきりいって就職できるような状況ではなかった。なぜ?

大学院2年10月、私はうつ病の診断を受けました。

ちなみに、どんな状態だったかというと、

①書いている文章・人が言っている話が「意味」として頭に入力されない。「ピー」って感じ。

②18時間くらい布団にこもる日が、週に3,4日ある。「なんでずっと動けないだろー、(ボー)」

③御言葉が全く自分に関係なく感じる。成功の話とか聞くと、嫌になる「どーでもいー」

④ほぼ毎日誰とも話さない。自分を隠したい。

⑤否定的な考えでいっぱい。「自分なんて・・」

そんな状態でしてた。植物人間のような感じ。しかも、大学院だし、自分で「する」か「しない」かだから、「やらない」から「やらない世界」でしか日々が展開されない。(いや、もはや展開されていない)しかし、一応修論の締め切りは迫っている、しかし脳は動かないので書けない。論理的に考える?資料読む?人と話す?無理、やだ、ほっといてくれ。そんなかんじでした。

でも修論出せないのも困るし、「とても価値があるという、命の「御言葉」がわからないことには、人生を解決できなさそうだな」という気持ちもありました。そこで、ただ御言葉を聞いても変化できそうにないので、お姉さんにも相談し、「霊」の問題以前にまずは「肉」の問題から解決していくことにしました。

病院に行って、さっくり「うつ病」と診断が出ました。(うつの原因もいつか言及するとして)イフェクサーって薬を飲んだり、自分自身が病気だと自覚したことで、自分をいたわってあげることができたので、ある段階までの回復は結構早くできました。

そしてうつが回復していく中で、昔のような元気にいられる日もあり、幼いながら神様に感謝し喜びました。しかし、それと同時にその昔、元気だったころの「悪い習性」もあらわれるようになりました。

それで、うつが回復していくことで、次は本当に手を付けるべき自分の問題に着手していくことにしました。

その昔、結構生活が乱雑で、言葉も乱雑で、何をするにもちゃんとできない所がありました。大学4年間が特に顕著でした。(詳細はさておき)そして大学4年の時に、教育コーナーの本を読んでいたら「発達障害」とか「ADHD」とかって言葉を目にしました。で、そしたら記事読んでいると、「自分まさしくそれじゃん!」と思うしかありませんでした。しかしそれと同時に「いやいや。違う違う」と即座に否定したりしていました。親に話しても「あなたは障害ではない」と言われ、そうだよねとも思ったり、いや、でもなぁと思ったり。あれこれ考えてはみたものの、腑に落ちないまま、このテーマは放っておくことにしました。

ある日の診療。Drに自分がうつから回復しつつあるけれど、自分の悪い習性が出てきている、自分はADHDではないかと思うと言いました。初めはDrは否定していましたが、私の幼い時の話や、大学4年間の話を聞いて、その可能性があるということでWISKの検査を受けるようにすすめてくれました。

本当に触れたくない、見たくない問題でしたが、この問題に手を付けはじめたことで、何かが進んでいるような感じはしました。検査は予約がいっぱいで取れない状況でしたが、奇跡的に予約も取るとができるようになりました。そして検査、2時間しっかりたっぷりと数字の記憶や、形の組み合わせなどいろんな試験を受けました。

結果は軽度注意欠陥多動性障害(ADHD)の不注意型。

診断を聞いて、どこかほっとしたような、やっと楽になれたような感じがしました。また、診断を受けたことで、いろんな能力の知能指数もわかるのですが、「自分が得意と思っていること」より、「自分が苦手だと思っていたこと」のほうが得意だという、結果がでました。このことは「自分は案外、自分のことを知らないのだな。」ということを気づかせてくださり、本当の意味で「自分を知る」旅の第一歩となりました。

うつ病だけでなく、自分自身のADHDとい特性を見つめる機会を得たことで、自分の様々な過去の問題の一要因を理解することができ、確かに楽になれた部分もありました。だけど、どうしてもそれだけでなくて、正直、どうして神様は自分を欠陥品に作ったんだ、生きている意味なんでないではないか、何の創造目的だ、、と憤る気持ちもいっぱいで、これからどんな気持ちで生きていけばいいのわからなくて、たくさん葛藤するようになりました。

だけど、自分自身の病気に向き合い、さらには特性の診断も受けることができるようになった。この過程だけ見ても、ほんのわずかかもしれないけれど確かに前進しているし、この過程には「神様の存在」も「御言葉」も抜かすことはできなかった。そう思えるようになりました。

だから、神様を否定することはやめました。

とにかく信じることにしました。

神様が私の人生を導いてくれることと、御言葉で自分を変えられることを。

そして、お祈りもたくさんして、葛藤も少しづつおさめることができ、その特性を受け止めていくことがでできるようになりつつあり、修士論文もギリギリまで書いて発表することできました。

そして、卒業式寸前に就職が決まるようになりました。

神様がくださった職場、それは、、

発達障害や知的障害をもつ子供たちの教育現場の先生の助手です。

組織の中では端っこの端っこ。落ち着くポジションでした。

社会人としても、人間としても完全に自信を失っていましたが、私ができる仕事をくださいました。

今もその職場で働いていますが、働いていること自体、本当に奇跡です!!(もちろんしんどいこともいっぱいだけど!!)

病院に通ってから2年と4か月

消えそうなロウソクの火を消さない程度にしか、信仰生活をすることしかできませんでしたが、牧師先生の御言葉を聞いて、メンバーとともに生活をすることで、うつ病も回復したし、ADHDの特性も以前よりは削ることができたように感じます。

もちろん、特性のことで今だ悩んでしまうこともあるし、倒れてしまうことあるのですが、「自分=ADHD」という見方を完全にやめられるように日々挑戦しています。

今回、様々なディティールは書いていませんが、またいつか書いてみたいと思います。

なにわともあれ、間違いなく、摂理に出会えたことで、私は社会人になれました!本当に感謝!!!!

この経緯を忘れず、御言葉でもっと自分を作っていきたいです。

かずこ